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イベントレポート

 熊野古道センターにてこれまで開催してきた各種イベントの様子をご紹介します。

平成27年12月5日(土)新しい古道の歩き方「新宮の古道と歴史満喫ツアー」を開催しました!!

2015年12月05日

高野坂より 今年度5回目の「新しい古道の歩き方」は、熊野古道・高野坂を散策し王子ヶ浜を経て新宮市内を巡るツアーを開催しました。
 旅人の心を癒やした海が見える古道を歩き、古くから熊野地方の中心地として栄えてきた新宮市の歴史を感じていただきました。
 中世以来、熊野参詣の人々は、熊野本宮大社に詣でた後、熊野川を船で下って熊野速玉大社へ参り、海岸沿いの高野坂や大狗子・小狗子峠を越え、那智浜ノ宮を経て、熊野那智大社に至る経路をたどりました。
 中辺路から本宮に至る古道は暗い林の中がほとんどでしたが、高野坂は熊野灘の潮騒が心地よく聞こえる海の古道です。周囲もほとんどが常緑の自然林で、小鳥のさえずりや四季の花々も楽しめるのが特徴といえます。
 標高100m足らずの山越えルートの中に、南無阿弥陀仏の六字名号を刻んだ板碑や地蔵の石仏が点在しているほか、石畳も状態良く残っています。
今回のツアーでは高野坂を三輪崎から新宮市へ向って歩き、王子神社、阿須賀神社、新宮城跡などを、新宮市観光ガイドの会の西浦康代氏の案内で巡りました。12月とは思えないほど暖かく陽気な天気のもと、県内外からご参加いただいた13名のみなさんと、自然や歴史を満喫するウォークを楽しみました。

 9:25~ 9:31  移動 JR新宮駅~三輪崎駅
 9:35~     出発 高野坂入口へ
 9:45~11:00 高野坂散策、展望台
11:10~12:00 御手洗海岸~王子ヶ浜
           休憩・昼食
12:30~14:45 王子神社(浜王子)、阿須賀神社、新宮城跡を見学
15:00       解散

まちなか歩きでは、神社や城跡など、新宮市の歴史を感じる場所を案内していただきました。
<徐福公園>
 徐福は、今から2200年ほど前、秦の始皇帝に仕えた高官です。始皇帝は万里の長城を築いたことで有名です。強大な権力を持った始皇帝は、全てのものを手に入れたが、残された最後の望みが「不老不死」でした。当時、多くの人は始皇帝の暴政から逃れたいと望んでおり、そこに登場したのが方士(神仙思想の行者)徐福でした。徐福は海のはるか東方に蓬莱という山があり、そこに不老不死の薬草があると欺き、資金と船、医師や技術者などのスペシャリストを要求し、3千人の人々と船出したことになっています。そして、難破しながらもたどりついたのが熊野新宮です。徐福一行は、この地を永住の地と定め、多くの技術を伝えた。また、徐福がこの地で発見した不老長寿の薬草が天台烏薬であるといわれています。
 江戸初期に初代紀州藩主・徳川頼宣が建立した「徐福の墓」(市文化財)を中心に1996年に整備され、開園したのが徐福公園です。公園内には、徐福の墓のほかに、七塚の碑、秦徐福碑、僧絶海と明太祖との問答、不老の池などがあります。
王子神社にて<王子神社(浜王子)>
 浜王子社の祭神は神武天皇の2人の兄稲飯命(いなひのみこと)と三毛入野命(みけいりののみこと)です。神武東征のころ、海神の怒りをしずめるため、この二人の命が海中に身を投じた神話によるといわれます。古来から海の神を祀る海浜の宮であったと思われますが、熊野信仰の発展とともに、熊野神の御子神を祀る王子社として知られるようになりました。
 浜王子の名が登場するのは、文明5年(1473)の『九十九王子記』からです。江戸時代には、浜王子社といわれ、「方三尺六寸余(約120cm)」の小さな祠と、5尺(約165cm)の鳥居があったことが、『紀伊続風土記』に記されています。明治時代には王子神社となり、明治12年(1879)のその後の神社合祀で、阿須賀神社に合祀されました。大正15年(1926)に復興され、その後、王子神社として存続しています。
<阿須賀神社>
 熊野川河口にほど近いこの神社は、背後にある円錐形の山、蓬莱山をご神体とした自然崇拝が起源と考えられ、一説には熊野で最古の神社ともいわれます。主祭神は事解男之(ことさかおの)命(みこと)で、熊野三山の神々も祀られています。
 境内からは弥生時代の竪穴式住居や、神仏習合の時代に祀られていた御正体(みしょうたい)(懸け仏)が発掘され、歴史民俗資料館で一般公開されています。この日は、「和歌山県内埋蔵文化財調査成果展」の期間中ということで、無料で見学させていただきました。
新宮城跡にて ツアー最後に訪れた<新宮城(丹鶴城・国史跡)>では、西浦さんが用意した資料を参加者に見せながら、詳しく解説してくれました。
 新宮市街を見下ろす熊野川河口の高台にある新宮城は、源頼朝の叔父にあたる新宮十郎行家が平安時代末期に築城したのが起源とされ、戦国時代末期の紀州攻めの後、豊臣秀吉の甥の浅野幸長の一族、浅野左近大夫によってはじめて本格的な城の建設が行なわれました。
 しかし築城の途中に幕府から「一国一城令」が出されたため、元和元年(1615)に壊されましたが、2年後に再建が認められ、元和4年(1618)には紀州藩主の交代で紀州徳川家の附(つけ)家老(がろう)、水野重仲が新たに新宮領主となり、天守閣を中心とした城を15年かけて完成させました。
 水野家は以来、約250年間にわたって紀州藩江戸家老を務めるとともに、新宮領主として君臨しました。
明治維新後、新宮領は新宮藩、新宮県と変遷したのち、和歌山県に帰属し、新宮城も用をなさなくなったため、石垣を残し遺構はほとんど壊されました。近年、新宮城の敷地から炭納屋跡が発掘され、新宮城が武力の象徴だけでなく、新宮領の経済を支える重要な拠点でもあったことがわかってきました。
王子ヶ浜歩き 今回のツアーでは、高野坂を越え、石探しを楽しみながら約2キロの砂利浜を歩き、新宮市内の名所を見学してまわりました。まさに新宮市を満喫していただいた一日でしたが、参加者のみなさんからも「高野坂は本当に良い道だった」「学びながら楽しく歩くことが出来た」「ガイドの案内が楽しく参加して良かった」など、嬉しい感想ばかりをいただきました。

 今年度の「新しい古道の歩き方」は、次回の「潮騒の道・浜街道ウォーク」(3月13日(日)開催)が最後となります。熊野古道語り部友の会会員の川口洋司氏のガイドのもと、熊野市大泊より松本峠を越え、獅子岩や花の窟神社などをめぐり、七里御浜の潮騒を聞きながら御浜町の阿田和までの浜街道を歩くツアーです。乞うご期待!

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