諸国道中金の草鞋
2024年7月16日
企画展の見どころ

9月1日まで特別展示室では「収蔵品に見る熊野古道伊勢路」を開催しています。道中記、絵図、納経帳や笈摺を展示しています。また、この数年で収集したばかりの資料も展示しています。今回はこの中から十返舎一九の「諸国道中金の草鞋(かねのわらじ) 西国順礼」をご紹介します。
文化10(1813)年~天保5(1834)年にかけて出版された『方言修行金草鞋』を、明治期になってから『諸国道中金の草鞋』として再び出版したものですが、江戸期のものと内容は同じです。十返舎一九といえば『東海道中膝栗毛』が有名ですが、『金草鞋』シリーズも24編まで出版されたベストセラーです。奥州に住む狂歌師の鼻毛延高と坊主ちくら坊が諸国を旅するという内容で、熊野古道伊勢路は第九編「西国順礼」の中で紹介されます。簡単な道中案内と狂歌のほか、その場面に描かれている人物の会話が書かれています。
展示しているのは三浦(紀北町)~曽根(尾鷲市)の場面です。ここでは他の熊野古道伊勢路の場面もご紹介します。
①伊勢山田~田丸(玉城町)

②原(玉城町)~粟生(大台町)

③三瀬(大台町)~柏野(大紀町)

④崎(大紀町)~長島(紀北町)

⑤二木島(熊野市)~大泊(熊野市)

⑥木本(熊野市)~新宮

面白おかしい会話が書かれています。例えば、三瀬~柏野の場面では
「わしハ にもつも たんとあつたが どうちうじゆまになるから ミんなうちに おいてきました このからだばかりハ もつて出ずハなるまいと もつて出ましたが これもうちにおいてくれバよかつた」
「ほんにミちをあるくにハ あしさへあれバ ほかにはなんにもいりませぬ それだからわしハ ながいあしを 三ぼんまで もつてきました」
意味は、「わしは荷物もたくさんあったが、道中邪魔になるから、全部家に置いてきました。この体ばかりは持って出なければなるまいと、持って出ましたが、これ(体)も家に置いてくればよかった。」
「本当に道を歩くには足さえあれば他には何もいりません。それだから、わしは長い足を3本まで持ってきました。」です。
道中身軽に歩きたいがために、「荷物を家に置いてきたが体も置いてくればよかった」「足さえあればいいから、足を3本持ってきた」などと言っています。それぞれの会話にはそれほど関連性はなく、他の箇所もこんな調子で喋っています。
十返舎一九は、おそらく熊野古道伊勢路は歩いていないのではないかと考えられます。作中の絵も実際の様子を見て描いたものではないと思われます。実際に歩いていないとしても、絵と馬鹿馬鹿しい会話や狂歌で飽きることなく読むことができます。
ぜひ実物を見て、物語に描かれた熊野古道伊勢路を見ていただければと思います。
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