特別展示室企画展「偉人伝説~古畑種基 法医学の夜明け~」

開催予定

開催期間 令和8年1月24日(土)~4月12日(日)午前10時~午後5時
休館期間 会期中無休
開催場所 特別展示室
入場料 無料

 日本の法医学の草分けともいわれる、紀宝町平尾井出身の法医学者・古畑種基(ふるはた たねもと)を紹介する企画展を開催します。古畑種基は、明治24(1891)年、南牟婁郡相野谷村平尾井(現紀宝町平尾井)で、開業医古畑虎之助・寿(じゅう)夫妻の次男として生まれました。幼少期から優秀で、第三高等学校などを経て明治45(1912)年に東京帝国大学(医科)へ入学、大正6(1917)年には東京帝国大学医学部助手となりました。大正11(1922)年にドイツベルリン大学へ留学、大正13(1924)年には32歳の若さで金沢医科大学教授となり、法医学教室を開設、翌年には血液型に関する新説を発表しました。昭和11(1936)年に東京帝国大学医学部法医学教室主任教授、昭和35(1960)年に科学警察研究所の所長となりました。
 古畑種基を特に有名にしたのが、国鉄総裁下山定則が轢死体となって発見された「下山事件」の鑑定です。遺体の司法解剖の指揮を執った古畑は、「死後轢断」と判定し、他殺説の有力な根拠となりました。その他にも、中尊寺の藤原四代のミイラ調査を行うなど、法医学の第一人者として活躍しました。昭和31(1956)年に文化勲章を受章、昭和50(1975)年に83歳で亡くなり、勲一等旭日大綬章、正三位に叙されました。
 本展では、紀宝町ふるさと資料館から、古畑種基関連の写真・著書をお借りし、古畑種基の業績について紹介します。

主催:三重県立熊野古道センター

協力:紀宝町ふるさと資料館

《展示構成(予定)》
1.誕生から東京帝国大学入学まで
2.ベルリン大学留学
3.東京大学教授就任
4.下山事件
5.文化勲章受章
6.叙勲・死去
7.血液型の新説
8.推理小説と古畑種基

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