「知っている場所はありますか?東紀州みどころ百選!」

2023年11月27日

スタッフおすすめスポット

熊野古道センター職員が伊勢路沿いや東紀州地域のおすすめスポットをご紹介します。(毎月1回更新)

4月

1_八畳岩(尾鷲市)

広い岩の上にポツンと腰掛けるのにちょうどいい石が乗っています。尾鷲の市街地を見下ろす思考の眺め!!岩屋堂の参道入口から徒歩数分でこの景色!!天気の良い日に訪れてみて。h

2_乙ノ輪石仏群(紀北町)

初めて行く歯医者をマップで確認していて「見つけた」場所です。東紀州には穴場スポットがたくさん隠れています。目的地周辺をチェックしてみてください。n

3_山見茶屋跡の庚申祠(尾鷲市)

「〇庚申供養」などと記された文字庚申塔や青面金剛立像、風化が激しいですが、石仏道標(写真左端の地蔵)があります。y

4_馬鹿曲がり(大台町)

「馬鹿曲がり」の呼び名は、神瀬と栃原の境界「不動谷」を通る道が大きく湾曲した様子を表現したことに由来します。小川沿いなので夏場は涼しく、とてもホッとするスポットです。i

5_向井ふとん店(熊野市)

向井ふとん店には市木木綿の雑貨コーナーがあります。ポーチやブックカバーなどの雑貨は、お土産やプレゼントにピッタリです!t

6_片上池(紀北町)

道の駅マンボウの対岸、萩原台公園のソメイヨシノです。片上池の周囲は約2㎞のウォーキングコースが整備されていて散策にお勧めです。k

7_古神殿(御浜町)

神内神社が元々あったと伝わる岩山です。角度によってはピラミッドのように見える興味深いところです。s

8_オカオグルマ(熊野市)

3月~4月にかけて咲くキク科の野草で、準絶滅危惧の貴重な植物です。とてもよく目立つ黄色い花が可愛いです。(丸山千枚田)k

5月

9_華城山(熊野市)

世界遺産の七里御浜が一望できる標高102mの華城山の頂上でおよぐコイノボリ。毎年、地元有志が設置しているもので、風物詩となっています。4月20日頃から5月中旬まで楽しめます。h

10_紀伊の松島(紀北町)

高塚山展望台からの眺望。熊野灘に浮かぶ大小の島々が『紀伊の松島』ともいわれる海の絶景です。展望台まで徒歩10分~15分登り坂。k

11_一石峠(紀北町)

標高100mほどの一石峠から平方峠に向かう道は、緩やかな傾斜の林道となっています。2021年に峠付近の木が伐採され、熊野灘を眺めるころができるスポットになりました。t

12_いきる茶屋(御浜町)

風伝峠にある茶屋。タイミングが良ければ「風伝おろし」の霧の中に入り、とても神秘的です。
おすすめは、玄米おむすびとひよこ豆カレーです。s

13_ナメラの滝(尾鷲市)

「小さな滝めぐり」いかがですか。九鬼の七滝、うち三滝はいっぺんにまわれます。ビショの滝、ナメラの滝、ちょっとがんばってオコチの滝。上から下から、堪能できます。n

14_道標(大紀町)

JR梅ヶ谷駅近くにある道標。正面に指さしのレリーフと「くまの道」、右側面に「右いせ道」と刻まれています。y

15_龍祥寺(大紀町)

ご本尊に瑠璃光薬師如来、納守には商売繁盛・開運招福のご利益がある稲荷明神とゑびす天を祀っている不盡山 龍祥寺。その境内には樹齢約140年、樹高約20mのエドヒガンの枝垂れ桜が咲き誇ります。i

6月

16_鬼ヶ城(熊野市)

海岸沿いの奇岩で有名な鬼ヶ城の頂上には中世の山城跡があります。コンパクトながらお城の機能はしっかり残っているため見ごたえのある山城です。s

17_曽根石幢(尾鷲市)

室町時代末期、悪疫退散の為に建てられた石造物です。右の石幢の六角形の部分には、それぞれの面にお地蔵様が彫られています。t

18_徐福の宮(熊野市)

熊野市波田須にある徐福を祀る神社。波田須には徐福が流れ着いたという徐福伝承が残り、秦代の古銭が出土しています。y

19_九木道(尾鷲道)

八鬼山越えの途中、九木峠の道標に「左、くきみち」と刻まれている、谷に沿って下る古道です。尾鷲から九鬼に向かうと九木道、その逆は尾鷲道と呼ばれています。k

20_相賀の浅間さん(紀北町)

国道42号線の銚子川近くにある登り口より高丸山に登ると大日如来が祀られる祠につく。眺めは絶景で紀北町が広く見渡せる。「浅間さん」は江戸時代に大流行した富士信仰の一つ。i

21_花窟神社(熊野市)

日本最古の神社といわれる花の窟の神社のおみくじはなんと、桃!イザナミのお墓でしょ?いいの?と思いましたが‥この桃すごく手になじむ‥ほっとするような手触りです。n

22_筏師の道で出合ったコケ(熊野市)

筏師とは、かつて山から伐り出した木材を筏に組み、川を流して港へと運んでいた職人のこと。彼らが仕事を終え帰った道が今でも残っています。その一つ、御浜町片川から紀和町矢ノ川までの道を歩いた時に見つけた面白いコケ。何のカタチに見えますか?h

7月

23_江の浦トンネル(紀北町)

国の登録有形文化財(建造物)の煉瓦造隧道。明治44年竣工の旧長島隧道は、延長321m、現在も生活道路として利用されています。写真を撮っていると、ちょうど車が通行していきました。k

24_大井谷(熊野市)

熊野市五郷町の大井谷は昔ながらの原風景が残る里山。ホタルの里と呼ばれています。普段は静かな地区ですが梅雨の頃になると多くの人が訪れホタルの幻想的な光を楽しみます。h

25_足神さん(大紀町)

陸道神という道祖神の一種で、ご神体のどくろ形の石をなでて、自分の足や腰などをなでるとご利益があるといわれます。瀧原宮のすぐ近くです。y

26_長楽寺(紀北町)

寛永12年に開かれた長楽寺は、数々の古文書が残されていることで知られています。中でも、江戸中期の長島浦の全容が解説入りで描かれた古地図「長楽寺古絵図」は、町の文化財に指定されている貴重な史料です。t

27_多田ヶ瀬 海食洞(紀北町)

多田ヶ瀬は、砂岩泥岩(付加体)の地層を見ることができ、小さいですが海食洞もあります。程よいハイキングコースの先にあるのでぜひ訪れてみてください。s

28_鵜殿城跡(紀宝町)

鵜殿城跡は、烏止野神社の背面にある小高い丘の頂上にあります。周囲は土で土手状に積み上げられ、中が窪地になっている掻上式土塁という方法で作られており、中世の山城の特徴をよく残しています。近くには展望台もあり、紀宝町や熊野灘が見渡せます。i

29_マユミノ(御浜町)

有名な「桃太郎岩」、私はその下流の「マユミノ」がとても好きです。素晴らしい滑滝・・!地元の子供たちが代々すべって遊んできたツルツルスポットなので、転倒にはどうぞご注意ください。n

8月

30_横手地蔵尊(紀宝町)

紀宝町井田の熊野古道沿いで、太平洋を一望できる場所に祀られています。紀宝町指定文化財で、文政10(1827)年に石垣氏によって建立されました。病気平癒のご利益があるとされます。y

31_楯ヶ崎(熊野市)

盾のように海上に突き出る絶壁が見事な景観です。手前の千畳敷と呼ばれる平らな所から眺めることができます。遠い昔にマグマによってつくられました。S

32_若宮神社(紀北町)

道瀬海岸の近くにひっそりと鎮座している若宮神社は、天明4年(1784年)に創建されました。明治時代、神社整備によって一時は豊浦神社に合祀されましたが、その後再び元の場所で祀ることになったそうです。t

33_江ノ浦橋(紀北町)

江ノ浦橋(通称:昇降橋)は、中央部分が上下する珍しい昇降式可動橋で歩行者と二輪車のみ通行することが出来ます。船が外海と江の浦を行き来するときだけ音楽を合図に橋の中央部分が昇降します。すぐ近くの「α」の様な形をしたループ橋は、江ノ浦大橋(通称:アルファ橋)です。

34_岩屋堂(尾鷲市)

「八畳岩」をさらに登ると「岩屋堂」がある。江戸時代のガイドブック『西国三十三所名所図会』には「天狗岩窟」の名で載る。本尊・聖観音の縁日である18日には読経が営まれ、蝋燭が灯る。n

35_矢倉神社旧社地(熊野市)

紀和町矢ノ川から御浜町片川へ続く旧道。340段の石段(参道)を上った場所に矢倉神社の旧社地があります。(国道沿いに遷宮された)この旧道は、筏師たちも通った道で、『片川越え』と呼ばれていました。h

36_貴祢谷社(紀宝町)

新宮の神倉山にお降りになった熊野神が約2500年前にここに遷座され、その後新宮へ移られた際に鵜殿諸殿船・神幸船を先導し奉ったことが伝えられている。境内からは古墳時代末期頃から鎌倉時代頃までの祭祀用の古い土器も出土しており、神倉山に次ぐ古い祭祀遺跡として貴重な文化財となっている。i

9月

37_81cm反射望遠鏡(尾鷲市)

中村山公園に建つ尾鷲市立天文科学館に設置されている口径81㎝の反射望遠鏡。昼間は太陽のプロミネンスや黒点、夜間は恒星、惑星、月などの観察が出来ます!星に興味のある方は、「1等星スタンプラリー」に挑戦してみるのはいかがですか?k

38_掛磯の夫婦岩(尾鷲市)

大曽根浦の浜にしめ縄がかかった夫婦岩がある。昔、大宝天王社(尾鷲神社)のご神宝である獅子頭(県有形民俗文化財)が流れ着いたとされる場所で、今でも毎年、尾鷲神社祭礼「尾鷲ヤーヤ祭」の前には、注連(縄)掛神事(尾鷲市指定無形民俗文化財)が行われている。h

39_沖見平/荷坂峠(紀北町)

荷坂峠のコース途中にある沖見平からは、熊野の海と入り組んだ入江の美しい光景を眺めることができます。展望所兼休憩所となっているこの場所には、荷坂峠を訪れた紀行作家・鈴木牧之の句板が立てられています。t

40_御船島(紀宝町)

御船島は、熊野川河口近くにある面積2,200㎡の堆積岩からなる島で、紀宝町に属する。島全体が熊野速玉大社の社地で、2004年に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の一部として登録された。i

41_紅葉の荒滝(熊野市)

本宮道から少し離れますが、林道を上がっていくと滝をよく見ます。その中の一つで数量が多いと名前の通り荒々しい流れになります。秋の紅葉時にはカメラマンの撮影ポイントになっています。a

42_ムーミン島/佐波留島、さばるじま(尾鷲市)

ムーミンが横たわっているような形をした佐波留島(さばるじま)。ムーミンの左半身(尾鷲港から見える側)が泥岩砂岩の互層(付加体)で右半身が火成岩(熊野酸性岩)でできている変わった島で、三重県の史跡名勝記念物に指定されています。s

43_はまぐり石(紀北町)

真興寺にある、はまぐりの形に似た自然石に観音坐像を浮き彫りし、銘文を記したもの。紀北町指定有形民俗文化財。天保11(1840)年に名古屋の商人杉屋佐太郎が、番頭の供養のために造立しました。y

44_熊野脇道(南伊勢町)

「熊野脇道」熊野古道伊勢路の裏道ともいえる道です。田丸から分岐して南下、さらに2本に分かれて片方は大紀町で、もう片方は熊野灘沿岸をたどり紀北町で伊勢路につながります。n

10月

45_平尾井薬師(紀宝町)

平安時代後期に白河上皇が御幸の際、逢野細谷(相野谷)の地に薬師堂の建立を勅願して許されたのが始まりとされる。本尊は東方瑠璃光薬師如来で、特に首から上の病気に霊験功徳があるとされ、周辺地域はもとより遠方からの参詣者も多い。i

46_尾呂志街道(御浜町)

尾呂志ドライブは運転好きな方にはこたえられないのでは。車少なくストレスレス。四季の彩り。景色。古き良き風情を残す集落に入れば迷路のようでドライビングテクニックも活かせます。n

47_大紀町錦支所(大紀町)

大紀町錦は伊勢路付近では珍しく古墳が多く、鉄剣・銅鏡・変わった形の土器など、大和朝廷との関係を示唆する貴重な遺物がたくさん見つかっています。大紀町役場 錦支所に展示されていますので錦支所にお問い合わせの上、予約してから見学してください。s

48_大配 オハイ(尾鷲市)

尾鷲市九鬼町の東側から山道を東方面に歩いていきます。目の前に広がる太平洋と岸壁に入り込む小さな入江は絶景です。午前中に着いた方がより紺碧が見えます。a

49_頂山山頂(尾鷲市)

大配(オハイ)の海はオハイブルーといわれ、多くの方が訪れる大人気の絶景スポットです。頂山からオハイは登山道が整備され周回コースになっています。二等三角点の頂山山頂(397.9m)は、木立ちで展望はありませんが、とても気持ちのいい休憩場所です。k

50_ハカリカケ岩(尾鷲市)

頂山の山頂から少し歩いた場所にあります。大きな岩の上から熊野灘を展望することができます。オハイ・頂山に行かれた際にはぜひ立ち寄ってみてください。y

51_大観猪垣道(熊野市)

熊野古道観音道の泊観音跡から大吹峠へ続く猪垣道の途中に、七里御浜が見えるポイントがあります。この日は天気が良かったこともあり、遠くまで続く美しい海岸を眺めることができました♪t

52_不動の滝(御浜町)

神木の不動の滝は、天井のない洞窟の前面にしぶきが落下する珍しい滝で、別名「唐滝」とも。不動明王が鎮座する洞窟の内側から滝越しに見える景色はとても神秘的。大きく切り立つ岩の扉がこの別世界への入口です。h

11月

53_定坂三十三観音菩薩(大紀町)

大紀町米ヶ谷には、西国三十三霊場を模した33躰の観音菩薩像が安置されている。観音菩薩像は小高い丘の周辺を取り囲むように安置され、周回することですべての像を拝むことができる。また、昭和後期から平成にかけて、9躰が盗難に遭っており、信者によって新たに補充されている。i

54_三浦峠(紀北町)

深い切通しとなっている三浦峠。道瀬から峠までは急な坂道ですが、ここを過ぎると熊ヶ谷と呼ばれる山間を大きく迂回する緩やかな道になります。大正6年にトンネルが開通するまでは唯一の交通路として親しまれてきました。t

55_姫越山より薄月池を臨む(大紀町)

道はそれなりにたいへんですが、海・山・海跡湖をいっぺんに楽しめます。浜に下りて小さな海岸を独占して熱いコーヒーなど飲むと「あー贅沢~」と言わずにはいられません。n

56_加田石仏道標(紀北町)

延宝3(1675)年に子どもの供養のために建てられた地蔵と、「左くまのみち」などと刻まれた道標があります。これらの石造物がある地点は、新旧の熊野街道の交差点です。y

57_頂山山頂付近(尾鷲市)

頂山山頂は木立ちで展望はありませんが、すぐ近くから見渡せるこの風景はとても素晴らしいです。疲れも吹き飛ぶ爽快な景色が目の前に広がります。(正面が須賀利の町、真ん中右側の小さな島が佐波留島です。)k

58_紅葉の布引滝(熊野市)

荒滝よりもう少し林道を登って行きます。この滝は一枚岩を滑るように流れていて、しなやかさを持っているように思います。a

59_風伝おろし(御浜町)

10月から3月にかけて夜明けとともに、風伝峠を吹き降ろす「颪(おろし)」の絶景を見ることができます。この辺りの地名は「尾呂志(おろし)」。風伝峠の名前も颪から来ています。s

60_ツエノ峰(熊野市)

晩秋から冬の間、昼夜の寒暖差が大きい晴れた日の早朝にツエノ峰を訪れると、高い確率で雲海を見ることができる。この雲海があふれて山の斜面を滝のように流れ落ちる現象「風伝おろし」も幻想的である。h

12月

61_大皇神社(大紀町)

木地師の祖とされる惟喬親王を祀る神社です。由緒書によると、惟喬親王は現在の社地に住居され、この里の人々に木地物を作る業を教えられたといいます。y

62_鯨石(尾鷲市)

熊野古道伊勢路 曽根次郎坂・太郎坂にある鯨石は、名前の通り、大きな鯨のような形をしています。山の中に鯨がいるようで面白いですね。是非記念撮影を!t

63_行者堂(那智山)

世界遺産・那智山青岸渡寺は、2023年10月、熊野修験の根本道場「熊野修験那智山行者堂」を建てた。明治初期の神仏分離により取り壊されて以来なので、約150年ぶりの再建となる。修験道の開祖・役行者を本尊として祀っており、堂内中央には護摩壇が設けられている。
那智から本宮へ向かう熊野古道(中辺路大雲取越)の出発地点のそばにあるので、熊野古道を歩く人もそうでない人も、今しか見ることができない真新しいお堂を見てほしい。h

64_志原尻の龍神燈(熊野市)

安政六年、高波高潮が鎮まることを祈って建てられたそうです。七里御浜沿いの林の中にひっそりとたたずんでおり、プリミティブな信仰を感じるスポットです。n

65_水車谷鉱山跡(熊野市)

江戸時代に銅を採掘・精錬した鉱山遺跡です。坑道・焼窯跡の他に役所や住居、墓場など生活の跡も残されています。米をつく水車があった伝承から水車谷と言うそうです。s

66_熊野古道馬越峠のハート石(紀北町)

馬越峠を紀北町側の登り口から登り夜泣き地蔵までのところにあります。行かれましたぜひ探してみてください。a

67_大昌寺 格子絵天井(紀北町)

紀北町大原地区の大昌寺にある不動堂の天井には江戸時代後期に奉納されたという極彩色の板絵が143枚はめ込まれています。百人一首のほかに43種の古今名歌とその作者が描かれていて、今も色鮮やかに残されています。(町指定文化財)k

68_神内延命地蔵(紀宝町)

紀宝町神内にある地蔵尊で、奇岩の岩屋の中に祠があり、この前面に滝があることから「滝の地蔵」とも呼ばれています。毎年1月下旬には例祭が行われ、還暦を迎える人たちが餅投げをして祝います。i

1月

69_もう一つの布引の滝(紀宝町)

紀宝町南部を流れる相野谷川の枝沢、湯ノ谷上流部に懸かる滝(落差約70m)。県道35号線沿いより「湯の谷/紀宝町鮒田」に入り、30分程度歩いた地点にある。行場としても有名で行者が寒行に来る。道中、矢筈の滝や行滝(小布引滝)の他、小滝も複数ある。道中後半、アクセスがやや難。i

70_国史跡 赤木城跡(熊野市)

東紀州随一の名城です。築城は藤堂高虎によるもので、保存整備により石垣などが修復され、中世平山城の見事な縄張りを見ることができます。現在国指定の史跡となっています。s

71_鬼ヶ城遊歩道「犬戻り猿戻り」(熊野市)

鬼ヶ城が観光地として注目され始めたのは大正の終わり頃。現在使われている手すりのついた遊歩道の下に、当時使われていた道の跡が残っています。海が近くて怖そうですね。t

72_水大師(熊野市)

弘法大師に由来する霊水は近畿・四国を中心に点在していますが、こちらは熊野市の「水大師」。特に眼病にきくと信じられていました。お堂や大師像もあり、細い道ですが車で行けます.n

73_那智の二ノ滝(那智勝浦町)

皆さんがよく目にする那智の滝より上流にある二ノ滝です。神様の領域にあるため手付かずの自然の中で、行くときは那智大社でお払いが必要です。期間も2月~5月の間に限定されています。a

74_熊野街道 振分石(那智勝浦町)

世界遺産「補陀洛山寺」に接している県道沿いに立つ石柱です。この石柱は振分石(ふりわけいし)と呼ばれていて、熊野古道中辺路、大辺路、伊勢路の分岐点を示していると言われています。1358年に最初の振分石が立てられ、現在の振分石は300年後の1658年に立てかえられたものです。k

75_女鬼峠の如意輪観音像と名号碑(多気町)

女鬼峠には2体の如意輪観音像と名号碑があります。祠の中の如意輪観音像は元文3(1738)年に建立されたものです。中央の如意輪観音像は由来など不明ですが、祠の中の像より古いとみられます。

76_宮川(大台町)

熊野古道伊勢路「三瀬坂峠」の近くを流れる清流宮川の上流には、三瀬谷ダムによってできたダム湖があり、四季を通じて多くの人が訪れる観光スポットである。最近はカヌーやSUPなどダム湖を利用した様々なアクティビティが人気だ。この日はボートクラブの練習風景を見ることができた。上流へ向かい水面を滑るように進んでいくボートが美しく光っていた。
現在、大台町下三瀬から三瀬坂峠入口までは、船木橋を渡るルートが一般だが、三瀬の渡しを利用すると約6㎞の短縮になる。(要予約)h

77_猪垣記念碑(熊野市)

曽根次郎坂・太郎坂の二木島町側には、熊野市有形民俗文化財の「猪垣記念碑」があります。昔、この地区では平地だけではなく山の中にも田畑を拓いていました。かつては大泊から二木島まで、およそ30㎞の猪垣が続いていたそうです。t

2月

78_三浦峠の褶曲(紀北町)

三浦峠の西側登り口付近に褶曲の露頭があります。沢の水で削られて見やすくなっており、とても面白い模様になっています。熊野古道伊勢路の地質が北と南で大きく違うことがよくわかる場所です。s

79_田丸駅前巡礼者モニュメント(玉城町)

田丸駅を降りると最初に目につくのが熊野街道を辿る旅人の姿を再現したモニュメント。かつて田丸は良質の粘土が産出され、瓦製造が盛んであった。その地場産の粘土を25%使用した陶器で作られている。i

80_相鹿瀬の地蔵(多気町)

多気町相鹿瀬の熊野街道沿いにある地蔵。江戸時代の貞享5(1688)年に建立されたとみられます。高さは150㎝程もあり、多気町内でも最大級の地蔵です。y

81_遥拝所(尾鷲市)

当館から徒歩20分足らず、左は熊野の遥拝所、右は天照、中央は「八柱神社」・・て何?と思って調べたらどうやら愛知県にある神社、熊野権現を祀っており、プラス、家康の正室築山御前首塚があるそう。御三家紀州藩の片隅で、神社を隠れみのにした幕府への敬慕だったりして・・と妄想してみたり。n

82_『八咫烏ポスト』(本宮町)

熊野本宮大社のご神木である多羅葉の下に黒い八咫烏ポストが設置されています。今年参拝に訪れたところ、この八咫烏が地球を背負っていました。世界遺産登録20周年を記念し設置されたようです。多羅葉の木は、葉の裏に爪などで文字を書いたことが葉書の語源となり「葉書の木」とも呼ばれています。このポストは実際に手紙を投函することができます。h

83_松尾観音寺の床龍神(伊勢市)

内宮の近くにあります松尾観音寺、十数年前に床を張り替えたところ、1年ほどたった時に参拝者が発見してくれました。もともと龍伝説の言い伝えがあったお寺であります。a

84_三浦樗良句碑(紀北町)

三浦樗良(みうらちょら)は江戸中期の俳人で、紀伊長島浦地蔵町出身といわれています。昭和33年に忠霊塔公園に建立された句碑には『嵐吹く草の中より今日の月』という樗良の代表句が刻まれています。紀北町では毎年三浦樗良顕彰祭が命日の11月に開催されます。k

3月

85_大紀町役場柏崎支所のシダレザクラ(大紀町)

樹高11m、根囲208m、胸高直径59cm、樹齢約150年。毎年3月末に満開となりその美しい姿は近郷近在に類を見ない名木として人々に愛されている。 見ごろ期間中はライトアップがされます。i

86_浅里の渡し場跡(紀宝町)

昔、熊野川流域に住む人々は、渡し舟を使って対岸を行き来していました。紀宝町の浅里の渡しは、熊野大橋ができてからも昭和49年まで営業をしています。新宮に渡る為に橋まで移動するよりも、近くて便利な渡しを利用するのが一般的であったそうです。t

87_大丹倉(熊野市)

熊野酸性岩の岸壁が雄大な岩山です。頂上付近に神社があり車でも行けますが県道52号線の展望所から見上げるのがおすすめです。赤く見える部分は丹ではなく鉄分です。s

88_庄五郎善吉地蔵(熊野市)

二木島峠から逢神坂峠に向かう途中、大きな木の根元にお地蔵様があります。「施主庄五郎・善吉」とあり、二木島浦の庄屋であった善吉氏によって江戸後期に建てられたものだそうです。t

89_大白公園(紀北町)

周りに民家も道路もなく非常に閑静な公園です。海岸の堤防の工事の際、弥生土器が見つかっており、大昔は人が住んでいたようです。ちなみに池は海跡湖です。s

90_弁慶石(大台町)

その昔、武蔵坊弁慶が紀州からの旅の途中に腰を掛けて疲れを癒したと伝えられている岩。土地の人はべんけい石と呼んでいる。現在はアスファルト道が続く道中にあり、腰掛けることで随分と疲れが癒される。i

91_妙法山 阿弥陀寺のひとつ鐘(那智勝浦町)

亡者の熊野詣と伝えられ、人が亡くなると妙法山に入り、この鐘を撞いてからあの世に旅立つと言われ、現世の人が、大切な人が安らかに成仏できるように願い、この鐘を撞きます。a

92_道の駅 紀伊長島マンボウ(紀北町)

2021年3月に閉園した「志摩マリンランド」から寄贈されたマンボウのモニュメント。高さ、幅ともに3mを超える大きさです。マンボウは紀北町の魚として親しまれていて、道の駅では、マンボウフライ定食やマンボウの串焼きなどが販売されています。一度食べてみてください!k

93_石仏庵(玉城町)

玉城町原にある西国三十三所の観音を模した石仏。文化5(1808)年頃に寄進されたといわれます。石仏庵は三河国の和尚の隠居寺として創建された寺だったため、石仏も三河国からの寄進が多いです。y

94_玄甲舎(玉城町)

田丸城主久野丹波守の家老金森得水の茶室兼別邸で、弘化4(1847)年に建設されました。得水は表千家の免許皆伝を受けた茶人でもあり、ここで茶会を開催しました。修復・改修を経て2020年から一般公開されています。大人一人200円です。y

95_とうげミュージアム(御浜町)

風伝峠の登り口近く、古民家を改装したすてきな空間で毎月月初めの10日間、地元の作家さんを中心に作品展を開催されています。n

96_滝神社(熊野市)

神川町柳谷の滝神社は、古くは「滝ノ明神社」といい、近くには落差15mほどの滝があります。かつては祭りの際にこの滝で禊ぎをしていたそうです。2月のある日に訪れてみると、バイカオウレン(学名:Coptis quinquefolia)の花が可憐に咲き誇っていました。h

97_銚子川の河津桜(紀北町)

清流として知られる銚子川沿いには約100本の河津桜が植えられていて、一足先に春を感じようと多くの人が訪れます。今年はいつもより開花が早かったため、撮影に訪れた2月下旬には花びらが風に舞っていました。それはそれで風情があり楽しめました。h

98_須賀利(尾鷲市)

尾鷲市街と海を挟んで向かい合う山裾にある。昭和57年の県道開通までは車では行けなかった。独自の食文化や風習を有する別天地で聞く波の音は格別である。n

99_クマノザクラ(熊野市)

紀伊半島南部の三重・奈良・和歌山の標高200~800mの山地に自生し、「早咲きのヤマザクラ」として知られていたサクラです。2018年(平成30年)、日本の固有種としては約100年ぶりに新種として発見されました。3月中旬から4月上旬に開花します。h

100_弁財島(尾鷲市)

尾鷲湾に浮かぶ島で向井地区では「ベザイさん」と呼ばれ親しまれています。赤い鳥居が目印で、頂上に弁財天が祀られています。歴代江戸幕府の御船手頭を務めた、向井氏の初代・向井忠勝が1397年(応永4年)に海上の安全を祈願して祀ったと伝わります。干潮時には歩いて島に渡ることができます。h

a有竹 h東 i井田 k小島 n野村 s嶋田 t玉村 y亀田

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